社会福祉法人 尽誠会

≪蔵出し医療談義(17)≫

=心遺りの医療(4)=

「パラコート狂言自殺顛末」

 有機燐系の農薬として知られるパラコートを使った自殺行為が頻発した時期がありました。当時は農薬の取り扱い上、比較的容易に入手可能で、例え口に入ったとしても、刺激が少なく呑み込み易いという条件が重なって、単に呑み損ないのアクシデントというだけの現象ではなく、悪戯半分の狂言自殺擬きの行為が頻発する時代背景があったように思われます。

 それは農村医学を確立したメッカ(聖地)とされる長野県の超巨大(1000床位)な農協病院での研修時代に遭遇した哀しい症例でした。患者さんとして担当した背景には、当該病院の所属医師の奥さんで、利害関係の少ない遠隔地からの研修医師という立場がひとつの要因となって、ベテランの指導医(旧来の所属医師)と共同で、自分が選定されたようでした。主に患者さんと直接ベッドサイドで接触する立場は、自分に任されており、体調及び自覚症状の聴取や病状の本人への説明等を担当していました。病態の評価や治療計画については、指導医と相談しての手順を旨とし、独断での診療は赦されてはいませんでした。

 

 

 狂言自殺の張本人となって病院に運ばれ、小生の担当患者として指名された対象となったのは、二十歳台後半の小柄で小悪魔的な妖艶さを放つ美女で、男好きしそうなチャーミングな美貌を有しており、性格的にもカラカラとしたアダルトかつキュートな魅力を振り撒いて、病棟の入院患者には到底相応しくない異質な存在としての雰囲気すら漂わせていました。同僚医師の奥さんだと判ってはいても、妻子持ちの小生とて、ホロッと横恋慕してしまいそうな強烈な魅力を発散し続ける「美魔女」というか、プロのホステスさん顔負けのと思えるような社交性を発揮する場面も見られました。御主人の不倫行為(同僚看護婦相手の浮気)の発覚によって、激情して問い詰める痴話喧嘩の果てに、みせしめの為の激昂的な行動として。劇薬(パラコート)に手を延ばしたとのことでした。そんな情況を打ち明ける時も。泣きベソをかくでもなく、しっかりした冷静(?)さを装う冷徹な話し振りが、さらに際だった「小悪魔」的な印象を醸し出しており、妖艶な容姿と性格の持ち主でした。入院患者でありながらも、常にメイクアップを欠かさず、男性からの視線を意識してなのか、上品な受け応えの中で女性としての矜持を感じさせてくれるような一挙手一投足の振る舞いが、さらに妖艶さを助長する印象を与えてくれました。

 まだ意識が明瞭であった頃のとある夜のこと、 ナースコールで呼び出された担当看護婦が、詰め所で残務を熟していた自分に、当該患者からの呼び出し指名を伝え、ベッドサイドに足を運んだところ、息苦しさを訴え、見せしめの農薬服毒を悔いて、泣きそぼりました。呼吸促迫の息遣いの中でも、むくっと起き上がってカーテンを締めた後、小生の手を掴んで自分の胸に誘導しました。動揺を隠せない小生は、小刻みに手が震え、熱く火照ってしまいました。「熱くなって震える 手が気持ちいい」と口走った彼女は、空いた方の手で自ら下半身の下着を外しながら、小生の手を股間に導いてしまいました。そこは濡れそぼった密壺と化し、ドクドクと粘液が溢れ出してくるような感触の中で、小刻みに震える手の気配が感じられました。「来て」と誘惑の言葉を掛けられた途端、妖艶な雰囲気に包まれて引きずり込まれそうになっていた自分が、ふっと我に返ることができて、掴まれた手を振り解き、病室から退室するに至りました。そんな秘め事のようなエピソードがあって後、数日後には意識混濁に陥り、呼吸困難も加わって、鎮静のための麻酔薬を投与する中、人工呼吸器を装着する事態にまで病状が進行・悪化しました。肺の線維化が顕著に進行しており、パラコート中毒の予測可能な増悪経過が顕れてきてたのでした。肺の酸素取り込み機能が悪化すると、心機能低下の進行は、あっという間の急速な経過となり、昇圧剤や強心剤の投与にも反応が乏しく、臨終に導かれる経過を辿ることとなりました。御主人との別離を惜しむ時間も確保できぬまま、不倫を総括する刻を作ってあげることもできませんでした。いよいよの終末期があっという間もなく、あまりにも急速な経過を辿った可哀相な顛末となりました。