社会福祉法人 尽誠会

《蔵出し医療談義(6)》

=栄養学復権への道標=

現代医療の基本的方法論が様変わりして、医療改革ともいうべき情況が進みつつあります。旧来の治療学においては、点滴・注射の匙加減を極めて、針刺しの技術を修練・熟練することが、若い医師達の成長過程に欠かせない素養でした。ところが近年、栄養療法という分野において、旧くて新しい基本となる概念が提唱されて見直され、ここ十数年の間に俄に脚光を浴びて台頭し、治療学の主流となりつつあるのです。栄養サポートチーム(NST)と呼ばれる医療機関におけるチーム医療の典型とされるシステム改革が全国津々浦々に浸透して、着実な治療効果の実績を挙げ、救急医療をはじめとする一般入院医療の分野でも、至極当たり前の標準的治療法としての地位が確立されつつあります。

図1 NSTとは

医療法人 岡部病院 様より引用

私達の世代の医学生時代には教科として学ぶことのなかった栄養学が、一躍脚光を浴び始めた背景には、中京地区で活躍する一外科医がアメリカ留学中に学んだとされる栄養管理を司るチーム医療の方法論がありました。栄養療法という概念を導入・伝承することにより、旧態依然とした日本の医療界に、画期的且つ革新的な医療変革を成し遂げた経緯があったのです。従来は病院給食なんて粗末で不味くても仕方ない‥寝てるだけの療養中の患者さんに美味い飯を提供してても、栄養過剰になって病気をつくるだけ‥くらいの認識しかないという全く見当違いの偏見を抱き続けていました。今では病院での入院医療の現場すら超えて、健康長寿を目指す地域社会の栄養状態をも改善しようと図る社会栄養学の進化を目論む発想に繋がってきているのです。まさに短命県返上のエッセンというべき手法に相応しく、青森県にとっても健康長寿対策そのものだということができます。

地域社会ではお年寄りの低栄養状態が囁き嘆かれ、後期高齢者とみなされる年齢層のうちで、80歳以上の方々の約半分(50%)位が低栄養に陥っているといわれています。また病気や怪我で入院医療を必要とし、実際に入院に至った方(年齢不問) の約4割位の患者さんが、既に低栄養状態にあることが広く認識されています。入院医療を受ける場合に、その開始時点で低栄養が潜在するケースでは、入院治療による救命率や社会復帰率に明白な差が生じてしまいます。低栄養状態にある患者さんは明らかに救命率が低く、リハビリ効果も上がらずに、社会(家庭)復帰が遅くなってしまうというデータが取り上げられているのです。従って入院と共に栄養状態を評価し、輸液・注射等の治療行為と並行して、栄養状態の改善を図る栄養療法を実践することが肝要であり、手術予定の患者さんでは術前の栄養管理が必須の手順として、入院医療の現場で標準化されようとしているのです。医療の現場だけでなく、社会栄養学の領域での低栄養解消も大切ですが、もうひとつ半ば社会から見放されているが如き介護施設の住民においては、さらに低栄養(低蛋白)の惨状は甚だしく、そんな集団では約7~8割の方が低栄養状態にあると経験的に分析できます。施設スタッフの栄養に対する無頓着さが、とても気にかかる実情といえます。さらには投与された薬も空回りし易く、また手術創も治り難く、自らを病気の快癒に導く為の身体の抵抗力となるべき免疫力の極端な低下をもたらすことで、自然治癒力が落ちてしまった結果として、全身的な回復が遅延(遷延)することになるカラクリなのです。

栄養療法の手法としても極力胃腸を使った経腸栄養法が推奨されます。経口での食物の摂取はいうまでもなく、例え誤嚥等を繰り返すことで経口摂取が困難となっても、腸を使うことが 大原則となり、高カロリー輸液等の導入による経静脈栄養だけの栄養補給では充分とはいえず、ましてや免疫力の改善・維持には役立ちません。人体の免疫機能の源となるのは、小腸下部の絨毛細胞に身体全体の六割強の機能が集中しており、腸機能が使われなくなってしまうと、廃用の結果として、小腸粘膜の絨毛が萎縮するに陥るに至り、免疫細胞の吸収や免疫機能の伝達が滞ってしまうことで、感染防御機能が弱体化する結果となるのです。こう話を進めてくると、できる限り胃腸を使って、できることなら口で食べることができような生活と、噛み砕く咀嚼力の強化や嚥下の安定を図る為の「お口のリハビリテーション」も大切な機能訓練として心掛けたいものです。

図2 自宅でできる嚥下(えんげ)リハビリ

LIFLL介護 様より引用